「片思いの彼が好き!」というそこのあなた、「片思いの彼が欲しい!」という風にも思ったことはありませんか?
しかしよく考えてみると、「好き」と「欲しい」って似ているようでちょっと違うような気もしませんか。
この二つはとても近い感情ですが、バランスが崩れると怖いことになってしまうかも?
今回は、「好き」と「欲しい」の違いについて勉強しましょう。
あなたの片思いの気持ちの整理にも、きっと役立つはずです!
「好きだから欲しい」は「好き」だけでは満足できない状態――絵画「モナリザ」の例
「片思いのあの人の事が好きで好きでたまらない! だから、なにがなんでも彼女になりたい! あの人のことが欲しい!」
そういう風に言う女性が筆者の目の前にいたとしたら、
「あらあら、なんて情熱的な女性なのかしら」
と感心する反面、
「ちょっと怖いかも……?」
とも思ってしまいます。
というのも、「欲しい」という感情は「好き」よりも自分本意で、ときに暴走しがちなものだからです。
分かりやすいように、たとえ話をしましょうか。
世界的な名画で、「モナリザ」というのがありますよね。あなたもよくご存知のはず。
あの優しげな微笑みは、世界中の人々の心を広く、そして長くとらえてきました。
世界中に絵画「モナリザ」のファンは数多くいます。
しかし、そのファンの多くは絵画の「モナリザ」のことをとても好きですが、別に「欲しい」とは思っていないはずです。
「大好きなモナリザを観るために、パリのルーヴル美術館には海外旅行でしょっちょう行ってるよ!」
という熱心なファンはいるでしょう。
しかし、
「モナリザが大好きだからぜひ手に入れたい! いっその事ルーヴル美術館から盗んでしまおうと思っている!」
と本気で考え、実行に移す人がいたとしたら大問題です。
つまりどういうことかと言うと。
「自分の好きなもの」に対して、「好き」という感情だけを持ち、そこで満足している場合は特に問題はありません。
しかし、「好きだから欲しい」となってしまっている人の場合、「好き」という感情だけでは満足ができない状況にあるということなのです。
そして、この「好きだから欲しい」の感情が行き過ぎると、いろいろと困ったことになってきます。次項で詳しくお話しましょう。
「片思いの彼と付き合いたい」は「片思いの彼のことが好きだから欲しい」ということと同じ
先ほどは絵画「モナリザ」の例を挙げましたが、難しいのは恋愛をはじめとした人間関係でこの「好きだから欲しい」という感情が発生するときです。
絵画「モナリザ」に感情は無いけど、人間には当然誰しも感情があるからです(そう、当たり前のことだけどあなたにも、そして片思いの彼にも感情はあるのです)。
片思いをしていて苦しいのは、その多くが「好きだから、片思いの彼のことが欲しい」という状況になっているからです。
単に「片思いの彼のことが好き」というだけで満足ができれば、たとえ片思いの彼があなたに振り向いてくれなくても、他の女の子と付き合ったり、ましてや結婚したりしても、あなたは満足したままでいられるはずです。永遠の片思いでOKということになりますね。
でも、現実は心穏やかでいられるはずもなく、きっとやきもちを焼いてしまうことでしょう。そしてできることなら、片思いの彼とお付き合いしたいじゃありませんか。
つまり、恋愛における「好き」は必ずと言っていいほど「欲しい」気持ちが伴っているのです。だから、それ自体は異常でもなんでもありません。
あなたの「欲しい」ばかりが大きくなると、片思いの彼は困ってしまう
しかし、もしも片思いをしている時に「欲しい」の気持ちばかりが大きくなってしまうと、どうなるでしょうか?
「彼のことが欲しい!!!(=ぜひ自分と付き合って欲しい・結婚して欲しい・他の女性と接触するのは許せないなどなど)」
という強烈な気持ちと、その気持ちにしたがった激しいアプローチなどの行動は、あなた自身をも振り回し、疲れさせるでしょう。
そして、彼の気持ちもないがしろにしてしまいます。
そこまで強烈な「欲しい」というあなたの感情の中に、彼自身の気持ちは考えられていないからです。
「好き」という気持ちは本来とてもひっそりとしたものです。
「あ、なんだか私彼のことが気になって仕方がない……」
「また彼の笑顔を見たいな。喋りたいな」
といった、控えめな気持ちが「好き」です。
「タイプじゃない女の子に好かれて困っているんだよね」
なんて男性が言う時は、その女の子のアプローチについて「困っている」と言っているだけであり、「好き」という気持ち自体に迷惑をかけられているという意味ではないはずです。
ですから、「好き」そのものは、片思いの彼を困らせるような気持ちでは決してありません。
片思いの彼が困るのは、女性側の「欲しい」ばかりが自分に向けられているときなのです。
「欲しい」が行き過ぎるとストーカー加害者になってしまう!?
「欲しい」気持ちばかりが大きくなってしまうと、ときに「好き」という気持ちが置いてけぼりになることさえあります。
この究極に悪い例が、ストーカー殺人事件です。
ちょっと物騒な説明になりますが、わかりやすいと思うので書いていきますね。
ストーカー殺人事件の多くは、一方が一方に好意を抱き、付きまとい行為のあげくに一方を殺してしまうという形になっています。
「好意を持っていたのに、なぜ殺してしまうの!?」
と驚いてしまいますが、これも「好き」と「欲しい」の話で説明できます。
ストーカー加害者もおそらく最初は被害者を「好き」だったのでしょうが、いつしか「欲しい」ばかりが大きくなってしまったのでしょう。
さらに、「好き」という気持ちが消えてしまっても、「欲しい」だけを持ち続けたために相手を殺してしまうに至ったと考えられます。
通常、「好き」という穏やかな感情を持っているときには
「あの人とまた一緒に笑い合えたら幸せだなぁ」
「一緒に過ごしたいなぁ」
「姿を見かけるだけでも嬉しいなぁ」
などと考えるので、まず「相手をこの世から消す」という発想にはならないはずなのです。
相手がこの世からいなくなってしまったら、自分の「好き」を向けるものがなくなってしまい、ひたすら悲しいはずですからね。
しかし、「欲しい」という感情のみ持っている場合は、「相手をこの世から消す」という選択肢を選んでしまうこともあり得ます。
「欲しい」という感情を満たすためには、とりあえず自分が相手を手に入れることができればOKなので、相手が死んでいてもいいんです。
むしろ、自分が殺してしまえば相手は他の人とデートすることも、付き合うこともできなくなるので、好都合だとも言えますね。
ストーカー加害者になってしまうような人の多くは、自分でも気が付かないままに「好き」と「欲しい」の気持ちがごちゃごちゃになっている人だと言えるのです。
多くの人が、「好き」と「欲しい」の区別の付かないままに恋愛している
ストーカー殺人事件の例はいささか怖ろしいものですが、普通の恋愛シーンでも自分自身の「好き」と「欲しい」の気持ちがごちゃごちゃになってしまっている人を多く見かけます。2つの区別がついていないんですね。
たとえばこんなエピソード。
A、美人でモテるのに、なぜか自分に見向きもしない男性が気になってしまい、あの手この手でその男性を落とそうとする女性
B、自分の彼女が他の男性と浮気したと疑って彼女に暴力を振るい、「俺はお前のことを思っているからこそ、殴ったんだ」と言う男性
ABの例は、いずれも「欲しい」という気持ちに基づいた行動でしょう。
しかし、なんとなく「相手のことを好きだからやっている」と言われると「そんなものかな?」と納得させられてしまうようなエピソードでもあります。
しかし、Aの女性は「なぜか自分に見向きもしない」という点だけで相手を「欲しい」と思っているだけ。
仮にお目当ての男性と付き合うことになっても長続きしないでしょう。
これはその気にさせられた相手の男性にも、迷惑です。
BのDV男性と彼女との関係は健全ではありません。四六時中恋人を疑う男性と、暴力を振るわれる彼女が、お互いにストレスを抱えていることは明らかです(参考「こんな男に片思いしては絶対にダメ!DV男の見分け方」)。
AもBも多少は相手のことを「好き」なのかもしれませんが、明らかに「欲しい」が勝ってしまっていて、最終的には相手に迷惑をかける可能性のほうが高くなっている……。
自分や恋愛相手の「好き」と「欲しい」という感情をはっきりと区別して理解しておかないと、いつしか「欲しい」ばかりが大きくなってしまい、お互いがとても疲れる結果になってしまうのです。
ぜひあなたも片思いの彼に対する自分の気持ちが、「欲しい」ばかりになっていないか整理してみてください。
可能なら、あなたの好きな片思いの彼自身もその2つの感情の区別がついているのかも、よーく観察してみてください。
「好き」より「欲しい」が優先している人と付き合うと、ABのように消耗する恋愛になってしまうので、念のため自分や相手がそういう困った人になっていないか確認すると良いですよ。
最後に
いかがでしたが。
「好き」と「欲しい」には違いがあり、その2つをしっかり区別しておかないと「欲しい」が暴走してしまうことがあるので気をつけて!
でも本文中にも書きましたが、「好きな人と付き合いたい」という気持ちには必ず「欲しい」という感情も含まれているはずです。
むしろ、「欲しい」という感情すらないと「好き」だけで満足してしまい、自分からアプローチできません。
そういう意味では、「欲しい」も恋愛には必要な感情です。
大事なのはバランス感覚。
「好き」を置いてけぼりにしないように、そして「欲しい」をうまく使いながら、大好きな片思いの彼に効果的なアプローチをしていきましょう。